2022年5月1日(日) 13:00~19:00
”平井康三郎作曲 歌曲集「日本の笛」”(全21曲)
於:宇都宮共和大学・宇都宮短期大学5号館501大講義室
♪聴講生のレポートを引用しました。文章だけでは表現できないこともありますので、?や、、 などを使用し、表現している個所もあります。想像しながらお楽しみください♪
北原白秋 大正11年(1922)作 詩集「日本の笛」
気候、風土、心のふるさと などを詠んだ民謡詩集
100以上もの詩から、平井康三郎が21曲を厳選し昭和18年頃(1943)作曲
初めに、塚田先生が長らくお付き合いのあった平井康三郎先生との演奏やエピソードをお話くださり温い雰囲気で始まりました。日本歌曲全般に対して、もっと自由なものだということを感じていただける事、また、この度の「日本の笛」の読み解きと、歌唱法、歌唱表現、楽しみ方など21曲を長時間に渡り、一曲一曲丁寧にご指導いただきました。
歌う前に詩として歌詞を朗読し、歌唱へ移ります。
読み方、イントネーション、解釈、意味合い、この時点でも現代では想像しにくい部分も多少出てきますが、これら全て網羅していただく時間は、当然ながら見事でした。音楽の友社から出版されたCD“自らうたう「日本の笛」「酒の歌」”では平井康三郎先生自ら歌唱し塚田先生がピアノを演奏されましたが、その曲間に平井先生が注釈を入れる様子が蘇るようでした。
終始、歌詞・描写・主人公(曲毎)の喜怒哀楽の心の動きが、詩そのものの言葉から、読み解き進むにつれ、その感情の動きが画としてハッキリしてくる事を全曲に感じました。
日本歌曲の中でも独特の雰囲気を湛えるこの曲集の演奏経験者も初めての方も、今回新たな演奏へのアプローチや解釈、再発見があったと思います。
外国曲では作品の経緯、背景、比喩描写、意味、意図を読み解き、曲を辿りますが日本語の歌曲では、一見解釈する必要が無いかのように見える曲もあります。
解釈を楽しいまま解いていく事が出来るか?
調べる程に混迷を深めモヤっとした所を放置してしまっていないか?
今回の様に慎重に愉しく解いていく事から、日本民族固有の引き継がなくていけない情緒、感受性、一般的な日常を改めて感じます。
声種別楽譜の捉え方に対し、追分節、浪花節、小唄、などの民謡は高声寄りのイメージはありながら 日本民謡属は決まった声種指定はありません。
西洋文化の中で生まれたクラシック音楽の声楽的発声法を学んできた者として各声部の譜面の捉え方は少し異なる為にか、声楽的事情というモノがこの曲集への柔軟性を邪魔する事もあります。
伝えたい表現はそこに留まらず、明らかに民謡調の節回しや、台詞調な発声、また、掛け声(合いの手)などでテンポを律するような事も、この曲達には欠かせない要素だと先生はお話されて、6たまの機嫌と では、今回実際“Yoo~っ”「よぉ~っ」と入れて歌唱する場面もありました。
これらは時に難しくもあり、誰でも直ぐ出来る訳ではありません。
まず受け止め、イメージし、練習して実践する訳ですが、難なくこなす方も居れば、苦戦される方、思わぬ表現力を発揮する方もいらして、皆さんが試みる過程は非常に楽しくいい雰囲気で進みます。
作品は西洋音楽を学んだ上での音楽の逆輸入のように感じます。
混じりっ気なく純粋な日本民族固有の文化を垣間見るのですが、単に昔の人はそう考えていたというだけではなく、北原白秋が書き、後に平井先生が曲にし、塚田先生へ共有され、我々もまたその世界に近づき共感し伝承されていく。
多少時代によって表現の相違、誤差はあっても根幹にある希有な日本の風土、感性を楽譜というインターナショナルな譜面に書き出され演奏者に委ねられている。日本語歌唱表現をも含め伝えるのは難題です。
それでもこうして残して下さった事は、忘れては成らない大切な日本の魂をも宿す軌跡なのかもしれません。
この曲集の演奏にあたりピアノ演奏もまた大変重要です。
技術的に難しい所もいくつかありますが、それらより日本民謡の形式、また日本固有の楽器である尺八や三味線のような和楽器を模した手法が頻繁に登場します。
歌唱にもピアノ演奏にもお互いにフレーズを渡しあい答唱しあえる古楽様式の様な所も醍醐味でもあります。例えば、歌もピアノも同じ楽器のアーティキュレーションの場合や、ピアノだけが和楽器のアーティキュレーションにすべき場合があります。
ここで読む譜面も、読む程に指定も注釈も内容に比べ些かと感じますが、それは逆に歌パート、ピアノパートから互いに書ききれていない事をヒントに解釈する事が出来そうです。
和楽器の調子・奏法を取り入れた箇所を、その楽器の性格や形式に近い演奏する必要性があり、それは高度なピアノ演奏技術だけでなく、想定される楽器の音楽と特徴的な節回し調子などをある程度は知らなくてはなりません。併せて和楽器は演奏される場所や空間などの決まりもあり、能舞台、神社仏閣境内など、そこでの響き(反射音、残響音)や余韻も加味しなくてはなりません。難題ですが塚田先生も諦めず、ピアニストも諦めず、繰り返し試みて次第に、その音楽観、曲のなす深みや流暢な節が湧き上がって来ると、えも言われぬ郷愁、営み、情景美が見えてきます。やはり歌唱同様、少し思い切りは要りそうです。
【楽器】
三味線、鼓、箏、尺八、ギターらしきもの、ピアノ、昭和のヴァイオリン
【調子】
民謡調、小唄調、追分節、ピアノ音楽
【地域】
江差追分(北海道江差)、伊那盆地(長野南部)、箱根山(神奈川)、八丈島(東京)、三浦岬漁村(神奈川南東)、小笠原(東京)、足柄(神奈川)、富士(静岡・山梨)、裾野(静岡東)、軽井沢(長野佐久)、北国、裏日本(日本海側降雪地域)
■ 器楽モチーフ、 地域、風土、季節
1. 祭りもどり…小唄風
楽器モチーフ…箏
(若い娘の恋の歌
心のふるさとの一場面、恋も芽生える多感な時期…
月明かりから離れ…このことを母に話すべき…?だろうか・・)
八丈島 村祭りの夜 夏
2. かじめとたんぽぽ…小唄風
楽器モチーフ…尺八または、横笛
三浦岬、横須賀三崎 晩春
(昆布干しの行き遅れた?女性
昆布干しの女性 仕事中にタンポポを踏んで
花が終わったタンポポの綿は飛んでゆき
春も終わりだね… と自分に重ねる…)
3. 親船 子舟…民謡調
楽器モチーフ…三味線
(若い船頭さんの歌
沖にあるのは親船だ、見ろよ!全く揺れもしない カッコいいよな~
俺は小さい小伝馬船 だからまだ一人前ではない
櫓ももたず 色事も知らぬままだ)一人前になってやる!
三浦岬、三浦沖 夏…
4. 浪の音…民謡調
楽器モチーフ…箏、尺八らしきもの
三浦岬
(中年男性の木こり 秋頃か…
朝から夕暮れまで働く様、三浦岬の海に臨む丘陵が
緩やかなスロープを描いて砂浜に下っていく処)
5. あの子この子…民謡調、軍歌調
楽器モチーフ…尺八
三浦岬
(お爺さんが若者の早い死を嘆き悲しみ、
怒りを諦めるような気持ちをユーモアを交え、
決して受け入れ切れない回想をため息のように憂い深く…)
6. たまの機嫌と…小唄風、日本舞踊風
楽器モチーフ…箏
八丈島
(女は男に機嫌を取る
恋人がたまに機嫌のいいときは虹が出て
そんな時、急に機嫌が悪くなったりやしないか…)
7. ぬしは牛飼い…民謡調
楽器モチーフ…三味線、横笛風
八丈島
(牛飼いの若者がいつも見ている、水汲みする島の女の子の心の歌
いつも見て通り過ぎる だけ、もっと見なよ!
私の頭の上の水瓶や私の黄八丈や、
どんなに見てくれたってわたしゃどこも濡らさなわ)
8. びいでびいで…ピアノ音楽
楽器モチーフ…日本歌曲
小笠原
(ブーゲンビリアの花を 想う娘と重ねて
小笠原の春の恋の物語を垣間見る)
9. 仏草花…ピアノ音楽(僅か南国民謡調)
楽器モチーフ…日本歌曲
小笠原
(南国の赤いアオイ目の花、
ハイビスカスなどもそれに含まれる
恋と哀愁漂うハッとするような)
10. 関守…民謡調
楽器モチーフ…三味線と他
小笠原
(こっそり、おどけてパパイヤの花や山椒の実に近づくと
ヤギや瑠璃鳥などの可愛い山の番人に見つかり…)
11. 追分…江差追分調
楽器モチーフ…尺八(小さな尺八を吹く人)
小笠原
(旅人か?月夜の夜に南の島に、小さい尺八の音が聞こえる
ここは椰子の花が咲いているというのに(北の追分節か…)
北の国は雪が降っているのだろう…)
12. 夏の宵月…セレナーデ
楽器モチーフ…ギター
小笠原
(小さいカヌーで彼女のところへ…。
しかし夜が更けて遅くなって目立たない頃に、来て!と
二人の時間を過ごし、気が付けば昼になっていた、、)
13. くるくるからから…南国風情描写
楽器モチーフ…ピアノ
小笠原
(南の島の測候所の屋根にある風見、昼の海風にくるくると回っている
椰子の実は、高い枝の上でぶつかり合いカラカラと音を鳴らす。)
14. 落葉松…北国風情描写
楽器モチーフ…箏、民謡調ピアノ
軽井沢町
(軽井沢沓掛という地名は現在中軽井沢、その上に千ヶ滝、下には追分宿
人通りの少ない林の中の小道、旅情に見る避暑地の風景、難所を行きかう
商人の目で見た想いと、そこに暮らす人々の営みを、哀愁漂わせつつ)
15. 伊那…婚前慕情か?
楽器モチーフ…箏
伊那市
《南信伊那盆地》
(天竜川を挟んだ河岸段丘、木々豊かな木曽山脈と、
南アルプスの間の盆地で変わらぬこの地の中で想う
様々な名物、名所を宛がい考えてみるが、結婚を今か?そろそろか?
と悩ましい事を星にまでその答えを求めて、
のらりくらりと明るく悩む)
16. 山は雪かよ…村里雪風景、民謡調
楽器モチーフ…箏、三味線、
北日本、裏日本
(山は雪だから里ももう降るだろう だから寒いのだ
そうしているうちにとうとうパラパラと小雪が飛んできた
北アルプスからの寒気は身震いする寒さだ
豆ウサギ(小雪)も里に降り始め 長い冬が始まる)
17. ちびつぐみ…小唄民謡調
楽器モチーフ…三味線、箏、笛
北日本、裏日本
(1霞網猟の独身男のワイルドで、粋な生活
重い鳥猟の装備で登るほど声も自然と上がる
秋の早朝、山は水鼻を手鼻?しながら時に冷たい風吹く山道を行く
なんの為にか、それは里にいる小柄の娘の為 か
2霞網を仕掛け、悠々と囲炉裏で山芋とどぶろくの熱燗をつけ
調子よく酔ってしまい、、キジの鳴き声で一旦は覚めるが、
こらえ切れず、、、しかし今度こそ!捉えるぞ
やい!コノぉ!ちびツグミ!!
18. 渡り鳥…小唄民謡調
楽器モチーフ…箏、小唄
北日本、裏日本
(ツグミの飛ぶ空を見て冬ももう終わりが近い
また渡り鳥はそれぞれバラバラに行ってしまう
渡り鳥は風に乗ってやってくる
だから風が吹けば、この鳥たちもどこかに
チリジリ行ってしまう。。
19. ここらあたりか…小唄民謡調
楽器モチーフ…ピアノ、箏
小田原
(箱根山の麓の農家の風景、
恋人を探し、かなり焦ってアチコチの農家や
田畑を探して息を切らせている
畑にも、裏にも居ない、、、)
20. あいびき…日本歌曲調・演歌調
楽器モチーフ…ピアノ音楽
箱根・足柄……
(晩秋の頃。男の子と約束して、丘にやってきたが
欅の木々ばかり 彼は来なかった
水車、ヒヨドリの鳴き声 音もなく落ち葉が散り
風が吹いては、また枯葉は はらはらと…)
21. 野焼きのころ…日本歌曲調、終曲。
楽器モチーフ…ピアノ音楽
富士裾野の田園…
(早春の野焼きを眺めつつ その山をゆく火の先に 娘を想う
夜も更け、逢わずに帰ろうか・・・迷っている
一山離れた先 火は燃えているだろうか?消えてしまったか?
野火が消えかけて来た頃
とうとう 夜明けが迫り、山鳥がホロっと鳴く)
数多の歌曲の中でも、塚田先生の思い入れの強いレパートリーの一つと感じました。
ダイナミックで、繊細で、緩急の暇なくそこに生きた人々の営みが西洋音楽と日本民謡が融合する事で 産まれた唯一無二の曲集。まだまだ奥が深いですが、今回の講義から、改めて日本音楽を大切に読み解き表現できるよう、一人一人の心のふるさとを描く事や、言葉では説明仕切れない感覚をこの歌曲集の切り口から、自由に楽に考え、味わい深い表現を追求し演奏してみたくなる衝動にかられました。
外国の介入のまだ少ない純粋な日本民族、民謡固有の表現、情緒、侘び寂や、奥ゆかしさなどの日本人の大切にしている信念だからこそ分かる表現も、今では大変貴重で、後世に伝えたい音楽美学だと想います。
長時間ながら全曲通して大変充実した小気味よい時間でした。
※2023年3月4日(土)に『日本の笛』全曲を演奏する予定です。